こんにちは、認知症ZEROです。
「認知症になると、まず家族のことから忘れていくのでは」と感じたことはありませんか。
久しぶりに実家に帰省したとき、親の「大丈夫」という言葉をそのまま信じてしまっていいのか、不安になる方も多いと思います。
今回は、家族の記憶がどう失われていくのか、そして本当に気づくべきサインはどこにあるのかを船木先生に伺いました。
結論を先に言うと、家族の記憶が最初に消えるわけではなく、気づきのきっかけは別の場所にあります。
※本記事の内容は、船木先生の長年の臨床経験に基づく見解です。
1「家族のことから忘れる」というよくある誤解


木曽さん
「要はご家族のことから忘れていくみたいな印象を持っているんですけども、それって実際の話どうなんでしょうね。家族なんて一番密接な関係じゃないですか。そんな密接な関係にあった家族のことまで忘れちゃった、なんだったら家族のことから忘れたっていう、これって因果関係があるんじゃないかなってちょっと思ったりしたんですけど。」

船木先生
「いや、そんなことはなくて、やっぱり家族のことは最後まで覚えてるとか、記憶は頭の中にあるんですよ。」
家族は一番身近で、一番密接な関係だからこそ、そこから記憶が抜けていくと真っ先に感じやすいものです。
ただ、実際にはそうとは限りません。家族だから最後まで覚えていてくれるはずという期待は、いったん外して考える必要があります。
2実は家族との会話ほど情報量が少ない


船木先生
「ご家族って意外とですね、普段一緒にいる人ほどあんまり話してないんですよね。」

木曽さん
「おお、そうか。」

船木先生
「大体朝ご飯なんだとか、たまに娘さん息子さんが家に遊びに来たら『最近ちゃんと病院通ってるの』とか、『孫はこういう風になったのよ』ぐらいじゃないですか。」
毎日当たり前にやることは、いちいち確認し合わない。
だからこそ、家族間の会話は実は情報量が少なくなりがちです。
一方で、たまにしか会わない知人や友人の話になると、久々に思い出す作業が発生します。
そこで思い出せない自分に気づき、否定したくなる。
この心理が、家族よりも先に「別の記憶が抜けている」ように見える理由につながっています。
3思い出せない自分を認めたくない気持ちが隠れている


船木先生
「そういえばお父さんのお友達だったあの人最近どうしてるのって言っても、最初は覚えていない。誰のこと言われてるんだっていうことを思い出せない自分を否定するんですよ。適当な作り話したりするんですよ。」
自分が記憶を失っているわけがない
――そう思いたい気持ちは、生きてきた証を守るためのとても大事な感情です。
だからこそ、思い出せないことをそのまま「思い出せないんだよ」とは言わず、別の表現でごまかしてしまう。この振る舞いが、家族側の解釈を難しくしています。

船木先生
「もしかしてそれ誰だっけって聞かれたら、いや最近連絡ないからわかんねえなみたいなことを言ったら、ご家族はご本人を実際忘れていたとしても『あ、そうなんだ、最近連絡取ってないんだ』っていうことで、覚えてはいるんだっていう風に解釈するじゃないですか。」
「覚えていない」のと「本当に連絡を取っていないだけ」というのは、言葉としてはよく似ていますが、実際には全く違う状態です。
この認知のズレが、認知症の発覚をむしろ遠ざけてしまうことがあります。
4気づきのきっかけは、身近な人ではなく周囲の変化


木曽さん
「意外とそこの方が入り口であるはずなのに。」

船木先生
「そう。最近おかしいとか、大体お金のやり取りに重大なミスがあったとか、火の扱いで大きなトラブルがあったとか、近所の人に全然ゴミを出してこないんだけど、っていうのを近所の人が気づいて身内の方に伝えるとか。」
家族の名前を忘れたかどうかを日常的にチェックする人はいません。
「私の名前分かる?」なんて普段は聞かないものです。
実際に気づきの入り口になりやすいのは、
・お金のやり取りのミス
・火の扱いでのトラブル
・ゴミ出しをしなくなった
・挨拶をしなくなった
・外に出てこなくなった
といった周囲から見える行動の変化です。

船木先生
「特にご家族の記憶から失ってるわけではないです。ここは誤解しない方がいいですね。」
家族の名前や関係をすぐに答えられるかどうかよりも、お金の管理・火の扱い・近所付き合いといった生活の変化の方が、気づきのサインとして先に現れやすいという点は、帰省したときにこそ確認しておきたいポイントです。
5記憶は消えていない。取り出せなくなっているだけ


船木先生
「仮に思い出せていない、見た目忘れているイコール記憶を失ってるものではないってことなんです。記憶は頭の中にあるんです。確かにあるんです。ただ呼び戻せないとか、ちゃんと言語化できないとか、パソコンのファイルはあるんだけどもクリックしても開かないとか。」

木曽さん
「そっか。ここはでも復習ですね。初期の頃にお話伺ってましたけども、データはあるってことですね。」
記憶そのものは残っていて、それを呼び戻す手段が働きにくくなっているというのが実際の状態です。
奥様や娘さんのことがすぐに出てこなくなるほど進行しても、それは「忘れた」というより「取り出せなくなった」と捉える方が正確です。

船木先生
「これができるようになる可能性があるから、医療というものは今色々とこう試行錯誤繰り返してるということでございます。」
記憶が失われているのではなく取り出す経路の問題だとすれば、そこにアプローチする余地があるということです。
💡まとめ
- 認知症になっても、家族の記憶が最初に消えるわけではなく、記憶自体は頭の中に残っている
- 家族との会話は日常的すぎて情報量が少なく、久々に会う人の話の方が「思い出せない」場面に気づきやすい
- 思い出せないことを本人が認めたくない心理があり、それが家族の誤解につながることがある
- 気づきのきっかけは、家族の名前を忘れたかどうかより、お金の管理・火の扱い・近所付き合いなど日常の変化に現れやすい
- 記憶が消えているのではなく、呼び戻す・言語化する経路が働きにくくなっている状態と捉える方が近い
本記事の内容はこちらのYouTube動画でお話ししています。
家族の記憶にまつわる誤解と、帰省時に気づくべき生活の変化について、船木先生が詳しく解説しています。ぜひご覧ください。
※本チャンネルの内容は、医療・健康に関する情報提供を目的としたものであり、特定の診断・治療・予防効果を保証するものではありません。気になる症状がある場合や治療中の方は、必ず医師など専門家へご相談ください。