こんにちは、認知症ZEROです。
「和食は体にいい」とよく言われますが、実はひとくちに和食といっても内容は時代によって大きく違うことをご存知でしょうか。
今回は、認知症になりにくい食事について船木先生に伺いました。
結論からお伝えすると、先生が注目しているのは今の一般的な和食ではなく、江戸時代に庶民が食べていた「本来の和食」でした。
※本記事の内容は、船木先生の長年の臨床経験に基づく見解です。
1認知症になりにくい食事とは


船木先生
「認知症になりにくいっていう一言でまとめると、私は徹底した和食。和食って言ってもですね、定義が曖昧なので、もっと正確に言うと、江戸時代、中期から後期にかけての当時の民が普通に食べていた食事、その調理法での食事だっていう風に感じてますね」

木曽さん
「おお。具体的にその江戸時代とかっていう目安が出てきましたけど、食材で言うとどういうものが理想なんでしょう?」
船木先生が指し示しているのは、現代の「和食」というイメージではなく、江戸時代中期から後期にかけて庶民が実際に食べていた食事とその調理法です。
何を食べていたかだけでなく、どう調理していたかまで含めて考える必要があるという点が、まず押さえておきたいポイントです。
2アメリカ政府の報告書にも記された日本食の評価

これは、個人的な感覚だけに基づく話ではありません。

船木先生
「アメリカ政府がその大統領の命令で調べたマクガバンレポートっていうレポートがあるんですけれども、その中でも触れていることなんですけども、日本の元禄時代の市民の食事が、結局今地球上で取られてた食事の中で一番あの体に良かったんじゃないのっていう」
当時はアメリカの医学会や製薬メーカーからも反発を受けた内容でした。
実際にその食事法を実践している方々の体を見たり、採血をしたりしながら食事を変えていく中で、同じ結論に行き着きました。
3江戸時代の食事に「焼く」がなかった理由

江戸は当時、世界でも屈指の都市化が進んだ町でした。そのため、家庭での調理法にも大きな制約がありました。

船木先生
「その時代の民の食事っていうのは調理法が大事だと思うんですけれども、焼くっていう食事はほとんどなかったんです。それ火事になったらもう大変なことになるからですね」

木曽さん
「そうか。それがまあ大惨事につながるわけですから、やっぱり基本的には」

船木先生
「そうです。だから二汁一菜なんですよ。煮る調理なんですよ」
長屋が出した火事で江戸城が燃えたこともあるほど、火の扱いは厳しく制限されていました。
揚げ物や焼き物を家でやれば処罰の対象になりかねない時代です。
そうした事情から、「二汁一菜」という、汁と菜(おかず)を中心に「煮る」ことを基本とした食事のスタイルが自然に根付いていきました。
4白米・大根・味噌・そば。江戸の庶民が食べていたもの

江戸は当時、地方から出稼ぎに来る独身男性が非常に多く、人口の3分の2から4分の3ほどを男性が占めていました。
そのぶん食事の量も必要で、白米を1日5合、女性でも4合ほど食べていたという記録が残っています。
食材については、武家屋敷に残る記録が参考になります。

船木先生
「結構江戸後期でも結構豊かな人たちが、魚、焼き魚、多分イワシだとか、目刺しのようなレベルでも、魚を食べるのって大体1週間に1回か2回なんですよ」
牛や豚といった肉はほとんど食べず、鳥を食べていた地域もあったものの、宗教的な抑制があった時代でもあります。主役はむしろ野菜、なかでも大根でした。

船木先生
「江戸が人口が多すぎて、菜っぱ類はもう間に合わないんですよ、栽培が。すぐ萎れてしまうので。だからもう野菜の王様はやっぱ大根なんですよ」
大根は葉も含めて余すところなく食べられ、漬物にも加工できる保存性の高さも重宝された理由でした。
そこに干した若布などの海藻類、大豆から作る味噌・醤油・豆腐、そしてそばが加わります。

船木先生
「江戸づらいって言って白米だけにしてしまうとビタミン類が全部失われてしまうので、その補充に味噌汁を飲む、ぬか漬けを食べる。手っ取り早いのは1日1回ぐらいそば食うことなんですよ。そうすると全部足りないものがリセットされちゃうんです」
学術的に成分を分析していたわけではなく、経験的に「食べていると調子がいい」という感覚から、こうした食べ合わせが自然に定着していったと考えられます。
5江戸時代からあった脚気と糖尿病

白米中心の食生活には落とし穴もありました。

船木先生
「当時も糖尿病も始まってましたので。だから、脚気って言われるビタミンB群の欠乏による病気の症状が出ちゃった人は実家に送り戻されて。そこを絶え抜いた人も、食いすぎてやっぱり糖尿病になって地元に戻るっていう人もいたみたいですよね」
「現代病」と呼ばれがちな脚気や糖尿病が、実は江戸時代からすでに存在していたという点は、意外に感じる方も多いのではないでしょうか。
6戦後に大きく変わった食生活と植物油の問題


木曽さん
「ファストフードしかり、それこそ加工食品であったりとか、口に美味しいものが溢れ返ってますけど、その辺りはどうなんすか?」

船木先生
「もうざっくり言うと肉食文化がもうどんどんメインになっていって。戦後、それまで非常食に近かった小麦を食べる、それから乳製品をじゃんじゃん食べるっていう欧米型の文化が入ってきますよね」
そして船木先生が最も注目しているのが、植物性の油の摂取量の変化です。

船木先生
「和食って言うと、みんな天ぷら食おうとか金ぷらとかって言いますけど、昔は炒めるって操作はなかったので、煮て蒸して茹でて虫すを使ってたんですよ。当時はもちろん植物性の油というものはなかったわけですよね」
かつて油といえば行灯を灯すためのものであり、料理に日常的に使うものではありませんでした。それが今では、料理をおいしくするために当たり前に使われる存在になっています。

船木先生
「全ての植物性の油ですけども、何が悪いって言うと、とにかく酸化しやすいってことなんです。調理でもものすごい酸化をするんですよ。加熱することで、もう加熱もそうですし、その辺に置いとくだけでもどんどん酸化していきますし、怖いのは食べてもどんどん体の中で酸化していくことなんです」
この植物油の酸化と体への影響については、次回の記事で詳しく掘り下げていきます。
💡まとめ
- 認知症になりにくい食事として船木先生が注目するのは、江戸時代中期〜後期に庶民が食べていた「本来の和食」
- アメリカ政府のマクガバンレポートでも、元禄時代の日本食が高く評価されていた
- 当時の食事は火事を避けるため「焼く」調理はほとんどなく、「二汁一菜」で煮る調理が中心だった
- 白米・大根・味噌・醤油・豆腐・そばなどが江戸庶民の食事の中心で、肉や魚は少なかった
- 脚気や糖尿病は現代病ではなく、江戸時代からすでに見られた
- 戦後、肉食文化や小麦・乳製品の普及とともに植物油の摂取が増え、その酸化しやすさが懸念点として挙げられている
本記事の内容はこちらのYouTube動画でお話ししています。
江戸時代の食事から、認知症になりにくい食べ方のヒントを船木先生が語っています。ぜひご覧ください。
※本チャンネルの内容は、医療・健康に関する情報提供を目的としたものであり、特定の診断・治療・予防効果を保証するものではありません。気になる症状がある場合や治療中の方は、必ず医師など専門家へご相談ください。